これは関個人的には黒歴史としたいSTUDYUNIONのマニュフェストです。
当初は、学術拡散倶楽部と名乗っていたSU。あの頃は、学術の知識によって世の中を変えていこうという熱意にみなぎっていました。
マニュフェストの前身は、大阪市立大学で創った<文化学術アソシエーション パラダイム>という学内サークルの綱領。当時の執筆は<影井啓一>というペンネームでやっていました・・・。
念のため冒頭に申し上げますが、現在ではこのマニュフェストは共有も採用もされていません。あくまでも、SUの歴史的資料だということで了解ください。
学術の拡散という運動
1994年10月
影井啓一
オーパラ誌掲載にあたって
本作は、関西を拠点として活動する在野学術団体「学術拡散倶楽部」のマニュフェストといわれるべき作文です。およそ2年前に発足した、この学術拡散倶楽部では、月例の極めて開放的な討論会や、社会哲学研究会などを始めとする勉強会を各地で行ったり、あるいはアイボリー・タワーという名称にて研究会を開催したり、その他、ストリートパフォーマンスや在野のレベルでの各種出版活動、映画鑑賞会に到るまで、様々な知を展開してきました。
それぞれの「ユニット」は、もちろんそれぞれにコンセプトを持っています。例えばユニットの一つ、社会哲学研究会は、「社会を哲学する」「日本の学者評定」「異分野交流会」などといったコンセプトがあります。しかしながら学術拡散倶楽部は、各ユニットが有する、これらのミニ・コンセプトを複数混在させていることで成立しているのではありません。各ユニットからすれば、メタ・コンセプトともいえるようなメイン・コンセプトが、学術拡散倶楽部自体にあります。それがこの「学術の拡散という運動」です。
第一部は、サークル活動と運動との質的な違いに始まり、後者の有用性をまとめています。第二部は、そのような新しい運動を担う主体と構造の形態の話しです。これらの部分が抽象的で読む気が起こらないならば、第三部から読んでみてください。学術拡散倶楽部の全体的なビジョンが描かれているはずです。
不肖影井の、他の文章を読んでいる読者に対しては、本作が「運動論」分野における影井の「切り札的作文」であることを明言します。僕が現に「運動」と称して行いつづけている殆どの活動の理論的言い返しは、本作を越えてなされることはありません。
学術拡散倶楽部の古き良き仲間の方々に対しては、結局はこのような形で公開をしてしまったことをお詫びします。と同時に、これまでどおり、本作文に対する批判と修正意見とを待ちますし、本作文を土台とした新たなメイン・コンセプトの提示を期待します。
尚、本作は、昨年末(94年10月)に行われた学術拡散倶楽部の緊急総会でのレジュメに加筆をしたものです。
はじめに
この文書は、学術拡散倶楽部が、その名の下に「社会変革のための新たなる運動」を展開するべく、そして、現在の我々が、一過性の野合の衆徒とならないよう精神的組織化を図ること、この二つを意図しようとするものである。下記の意図の全ては、当会の発足時より温めていたものに過ぎず、そしてその後の新たな展開に至らないままの未熟なものを、この場で発表するに到った。その動機は、言うまでもない。それは、表面的にはうまくいっているようにも見える我々の現状が、実はそうではないということを、僕の経験が教えてくれるからである。
賭けてもいい。自集団の全体的考察と将来的展望とを育成し続けることができない暫定のサークルは、やがて、時を経ずして消えてゆくだろう。
第一部 サークルから運動へ
その一 サークル的とはどういうことか
大学におけるそれらを典型例として、町内にも市民団体にも企業内にでも、○○会と称するサークルは、無数に存在する。そして文科系/体育系/音楽系等といった形式的な分類を施さなくとも、我々は、それらのなかにある程度共通する特徴を見いだすことが出来るだろう。例えば、義務教育時のクラブ活動とは異なり、平等な立場に立つ者同士で自治が行われていること(外部特権者の不存在)、友達集団とは異なり、サークル内部に特定不動の役職があること(人為的権力者の存在)、営利的団体とは異なり、サークルの活動自体に重きを置くこと(営利志向性の不存在)、イベントとは異なり、一回限りのものではないこと(継続性の存在)・・・などである。しかし、これらはサークルの表面的な特徴を言い当てているに過ぎない。
一般に、特徴を羅列するだけでは《的なもの》(そのような性質を有する事になる構造的特質)を抽出することは出来ない。こういった特徴も、たしかにサークルというものの一部分をうまく言い当ててはいるが、しかし不十分なのである。これは、それらのどれもが一部分しか言い当てていないから不十分だという言いではない。そもそも、そのどれもが「サークル的なもの」を言い表そうとしていないが故に不十分なのである。
こういった特徴は、サークルの存在を既に前提として、そしてその上で他の人間集団と比較をして導かれる特質を言い立てている。しかし我々の考察しようとするサークル的なものを見いだすためには、このような、サークルの静的な現在の分析ではなく、どういう構造があればサークル的なものになるのかという動的な成立過程における分析を試みなければならない。
結論を急ごう。思うに、一体我々がどういう要件が備わったらサークルと見なしているのかというと、実は次の一点にかかっているのではないだろうか。
我々は、何らかの形で複数の個人が集まっている状態、あるいはその関係性を集団と呼んでいる。この中には、たとえば電車のなかに居る人々のように、共通の意思を持たない無目的な人間の偶然の集まりや、特定の地域に住んでいるうちに、いつの間にか出来上がった伝統的な集まりも含まれるが、この場で追求すべき集団、すなわちサークルとは、何らかの目的を持って意図的に集まった集団である。
この集団はもちろん、その目的の類型によって、営利集団だの、慈善集団だのという分類も可能であるが、しかし、サークル的なものとは、そのように、どんな目的を追求するのかによっては導かれない。それは、設定されるところの目的そのものが、どのような性質であるか、目的というものがどのように設定してあるのか、にかかっている。
そして、目的の方向性が内向きであること、つまり主目的が内部の仲間や機関へ向けて設定してあるということ、これこそがサークル的なものの本質なのである。仲間うちで楽しさを共有すること、意味もなく存続を図ろうとすること、同趣向の仲間による比較的平等な人間関係・・・サークルの諸特徴は、全てここから起因する。
サークルにおいては、設定した目的による影響力が対内的作用にとどまることで満足するのであり、逆に言えば外部に対する影響力なるものは当初から勘案していない。仲間うちで趣向を凝らして楽しんだり、研究を行ったり、テクニックを伝えあったりするような、私、あるいは私たち、の視点からみた成果を、再び私、私たち自身で分かち合うという“内輪的サイクル”こそが、サークル的ということなのである。
その二 サークル的なものの未熟性
凡そ人間同士が何らかの目的をもって特定の場所に集まり、そしてそれが幾度かに及んでくると、このサークル的なものは、自生的に出来上がってくる。サークル的なものは、個人の力のみでは決して成しえなかった事を可能なものとし、そしてサークルを構成する者達に、様々な利便と義務とを与える。もちろん、この様々な利便(精神的充足感や安心感、一定人数がいるということによる行動の拡張など)は、個々人に負わされるところの諸義務よりも大きいことが通常である。目的によっては、将来の生計をなすのに役立つ資格をとれたり、あるいは知性を育んだり、体を鍛えたりできるであろう。第三者を受け入れず(従って、どこまでも自己評価である)、自分たちの生み出したものを再び自分たちで消化することを繰り返すことを原則とするサークル的なものは、その者たちの集団を維持させる原理であり、そしてあらゆる集団(目的的集団)の母体でもある。全ての第三者を予め取り込んで集団の「立ち上げ」を行う集団というのは、決してあり得ない。
しかし、基本的にこの原理のみに基づいて維持されているサークルは、未熟な段階に留まり続けている。サークルは、実際に自分(達)の利益以外眼中になかったり、自分(達)さえよければそれでいい、という小児的意識にいつまでもとどまりつづけるからである。「体育会財政全体の効率的運用を考え、本年度、我々に配分される予算は、この度発足が決定した、ソフト相撲同好会のために使ってもらう」などといいのける野球部などはないだろうし、「本年度は、付近の住民の中に赤ん坊が大勢できたので、野外ステージにおいては、スピーカーやドラムの使用を一切禁止し、全て環境音楽とすることに決定する」というような軽音楽部はないだろう。当然である。サークルは、サークルであるが故に、「じぶんたち」を第三者的に眺める術さえないわけであるから、(せいぜいがOBだとか顧問の先生だとか、退部者ぐらいである)その行動原理は、エゴイスティックなものとならざるをえない。とするならば、このサークル的なもののみを原理とする集団は、未熟という、どちらかといえばマイナスイメージのレッテルを貼られることを、素直に甘受せねばならない対象である。
僕は、このサークル、特に自分たちの力で自生的に形成されたサークルを、攻撃しようというのではない。それどころか、そのようなサークルの一部には、主体的に関わってもきたし、またエールさえ送ってきた。それは、サークルの自生性に起因する自由な雰囲気と、そして可能性があるからである。
即ち、確かにサークルにも、先輩という年齢・熟練に基づく権威者は存在するが、例えば職場や授業とは異なって、基本的に別枠の制度として特権的な地位というものが存在しない点において、構成員間の平等と、そして自由とが相対的に保たれやすい。また、サークルへ参加する目的自体も、職場や授業等の不可避な選択と比べると、自分の意思に基づいた、より自由な動機によるものだといえるだろう。僕はこの、制度的特権者の不在と自主的参加により保たれている諸サークルの自立性と可能性とを称賛して止まない。
現に、サークル的なものによって担われるべき活動というのも数多く存在する。例えば一時的な道楽や暇つぶし、趣味等を一緒にやりたいという場合、このサークルなるものは、まさにうって付けであり、その、結成後何が起こるか分からないという開かれた可能性は、営利的に行われる「なになに教室」の余りにも閉鎖的なそれを軽く凌駕する。
しかし、我々が一度社会に目を向け、我々の外の世界や我々の外にいる見知らぬアカの他人様や、不条理な社会制度、非合理で強力なシステムが存在していることを知り、そしてそこから発生するいろいろな問題や争いごと、自由を抑圧したり、したくもないことを強制する諸作用に気がつき、これらに対する場合、その、サークル的なものは、余りにも無力でちっぽけな存在だということを実感するに違いない。というのも、サークル的なもの、そしてそこで養われるサークル的な精神によっては、原理上、外界に対する影響力を勘案することは出来ないからである。ここに至って、このサークル的なものは、余りにも無力な存在となってしまうのである。
即ち、サークル活動によって生産される者は、割り切って「思い出作り」をする者か、サークルという檻の中で自らを育て、そして「社会」に適応させることのみを努力目標として出ていこうとする者、あるいは、社会という抑圧の日常からの逃げの場、息抜き場として、サークルと社会とのあいだを行き来しようとする者、のいづれかなのである。実際には、このような「外界としての社会」や「あいだ」などは存在しないにもかかわらず、である。
その三 「運動的」により産みだされるもの
さて、以上のような文脈からすれば、サークル的なものとは異質の「運動的なもの」が推測されるだろう。運動的であるとは、外界に対して影響力を及ぼす可能性を意図的に生み出すことである。外界とは、自分たちでないものと捉えることもできるし、より狭く、自分でないものでもよい。この、自分たち(我々)とは異質の対象、サークル的なものが決して通用しない対象に働きかける、外向きの精神こそが運動的なものである。
この「運動的なもの」は、必ずや「サークル的なもの」を土台にしている。先述のとおり、目的的集団の母体はサークル的なものだからである。しかし、サークルが運動的なものを備える場合には、サークルの、閉ざされた教育的な可能性とは異なる可能性を創りだすことができる。つまり、変革と適応の可能性である。この外へと向かい、その関係性の中で自らを変成させてゆく特性は、サークルの段階では、創りだすことができない。「できない」というのは、上述したようなサークルの「性格」上できないという意味もあるが
、サークルが自
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他関係を無視して片面的に成立している事を考えれば、サークルのその
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存在形態上、原理的にできないともいえる。
ところでこの運動的なものを創りだすためには、言動にせよ行動にせよ、何らかの実践(つまり意図的に影響力を及ぼすこと、そして他者から見てもそうであること)が必要とされる。そうして差し当たって重要なことは、他者、他集団、等の外へ向けられた呼びかけであろう。
もともとサークルの次元で、つまり自分の仲間内で、一時の快楽を貪る事を最終の目的としていた場合には別だが、仮に自分の抱く不満や夢を解決したり達成したりすることに関して、何らかの意味での《社会的意味》を持ち、したがって相応の人員と長期の時間を必要とすることだと思われるとき、これを実現するには、単純だが不可欠の言動が必要である。即ち、まず1自分の目的を普遍化してみせること、2それを外部に提示すること、そうして3その社会性、即ち他の人達がそこに同様な価値を見いだすことが出来るかどうか、を問うことである。目的的集団は、この問いつづけ作業によって、運動的なものを生み出すことができるし、問いつづけ作業の停止とともに、サークル化する。
運動集団でありつづけることは、従って大変な困難を伴う。一般に人々の日常生活は、その大部分の時間を、生活するための、事務作業群に覆われている。これは動かしがたい現実である。したがって、実は他人の「わがまま」なんぞにかまってる暇はない。仮にそれが正しいものだと思われても、である。
しかし、かの提示された言動に、何らかの社会的意義を、つまり当人一人の快楽やわがままの次元をこえた、複数人、多数人にとってのより善き状況の創出を見いだせるならば、やはり話は別だろう。問いを向けられたその者は、その意義の重さと、日常生活の煩雑さとを天秤にかけ、いずれかの選択を行うだろう。そうして時と場合によっては、前者に傾くときもあるだろう。従って運動を行う者は、この可能性を創りつづけるために常に外部に向かって提示しておく必要がある。
第二部 我々とは何者か
その一 我々とは何者か
しかし、それでは我々はなにを提示せよというのか。一体何をしたらいいのだろうか。そもそもここで使っている我々とは、誰のことなのだろうか。ここで作文をする僕と、読んでいる君とのあいだには、我々という言葉で結び付き合うような、親密な関係なんぞは何もないではないか。まずもって、この作文自体、「我々」が書いたのではなく、「僕」という個人が書いたにすぎないものではないか。
しかし、それではありきたりではあるが、一昔前の運動家が使っていた、こういう言い方を考えてみよう。
自分のこと、他人のことも含めて、この現状に、もう十分に満足しているか。生きていて面白いか。納得のいかない何かによって自分の意識や行動を圧迫され、抑圧されているという意識はないか。何かしたいことはないか。見ず知らずの人々をも含めた社会に存在する、いろいろな不合理なこと、不平等なこと、矛盾、そういったものに気づいて、何かできることはないかと思ったことはないか。映画を見て、何とかしなければという義憤にかられたことはないか。そして、これらの状況に対して、「どうしようもない」ことなのだという諦めを抱いていないか。個人というもの、自分というものの可能性を予め限定して考えようとしていないか・・・
上記の事柄について、納得・共感ができるような疑問があるようならば、かの運動家は「我々」という言葉を現実に沿って使用することができるのである。というのも、もともと「我々」という主語は、前段のような「呼びかけ」の文体の肯定文に他ならないからである。僕が使用するところの、いや、これまでに使用されてきた「我々」を主語とするあらゆる文章は「かくかくしかじかの私の確信に対して、同意賛同できるか」という、他者への呼びかけに他ならないのである。そうして、これは、事実説明・内容解説を内容とする文章ではなく、そしてまた自分の感想の域を一歩踏み出したと思って、自らの考えや主張を述べる場合には、必ずや暗黙のうちにどこかで用いられている大前提なのである。もちろん過去の思想書の一切がそうである。我々という主語は、筆者や話者の聞き手(他者だけではない。仲間も含めて、である)に対する呼びかけのことなのである。
そういう意味では、社会的に共有している基盤もなく、希薄な関係で成り立っている人間関係の中で、我々という言葉は、厳密な意味では死んでしまっているのかもしれない。がしかし、それは実は、現在だけではない。今までもずっとそうだったのだ。従って、我々という言葉に対して、私は違うという意識を持つことは、おかしなことではなく、近代の熱狂的な宗教的な運動期を脱した今では、当然のことである(かの学生運動においても、「我々」は我々ではなかった)。従って、我々という主語、即ち無関係な他人からの呼びかけに対して、無関係(おまえと一緒にするな、といった)を理由として反感を持つこと、何らかの胡散臭さを感じることは、至って当然な感覚なのである。
学術拡散倶楽部にとって我々とは、どういう問いであろうか。それは、この倶楽部の意義や活動に関して賛同や共感ができるか、である。そうして肯り(しかり)と思える人々は、実質的な意味での「我々」となり、以下に述べるような線におおよそは則って、「我々」を形成してゆくだろう。
そうして“我々”とは、「新しき運動を営む人々」である。
その二 社会運動について
一般に、社会運動とは、と問われれば、こういう答え方があるだろう。「特定の領域のうちで生活するに際して、何らかの恒常的不利益を共有する者が運動の主体となるのが通常であり、そして非合理的な不利益の除去を目的とする。階級闘争、解放運動、歴史上限りなく行われ、今もなお数多く存在するそういった活動は、彼、彼女らの生活の上に経済的貧困や不合理な差別、いわれなき強制などが覆いかぶさり、それらが実際の生活の上で支障を起こすことによって社会問題となり、そしてひいてはそれを解決するべく様々な社会運動が展開される・・云々」と。このイメージは、明らかに運動の一側面を強調しているに過ぎない。しかしながら、ここではまず、この「これまでの運動観」を推察することから始めてみよう。そうして、どうしてこのイメージが、現実に対して通用しにくくなったかを導き、続けて新しき活動に関する理論を展開しよう。
さて、先程の説明に続ければ、さらに次のような運動者像がイメージされるだろう。
かの活動は、自らの求める不利益の除去、あるいは諸利益を正当化するためにイデオロギー(行動を左右するような観念)を必要とする。というのも個人ではなく社会に対して何かしらの変更を迫るには、相応の力(大抵の場合には、頭数の多さに頼る)が必要とされる。そうしてこの力を無財無名の者が形成するには、団結し、〈多数者〉という権力を造り上げなければならない。この権力を造り上げるためには、何かしら共通の不満、困窮を抱える人々が存在するだけでは足りず、その人々が変革者となるべく結集するためのイデオロギーが必要なのである。というのもこのイデオロギーが、本来は「彼、彼女たち」ではなかった第三者に対して、強力に訴える力を有すれば、はじめて運動として評価されるとともに、「彼、彼女たち」は〈集団的わがまま〉というレッテルを剥ぎ取る事が可能となり、実質的に社会運動集団として成立するのである。さて、この過程過程によって形成された集団を、「直接的被害者集団」と呼ぼう。
しかし、社会運動と呼ばれるものの構造は、それだけに留まらない。
まず、直接的被害者集団が、自分たちに被害を与えた存在として想定する仮想敵としての直接的加害者が存在する。社会運動とは、何らかの意味での二項対立であろうとするから、かの直接的被害者集団は、敵対する対象を明確にし、あるいは仮想して、単なる社会問題、または社会病理の存在という状態から、運動へと転化しようとするのである。この直接的被害者と直接的加害者の双方を、運動の当事者として設定できるだろう。
ところで、社会運動は「直接的被害者集団 対 直接的加害者」という当事者同士の対立関係に止まらない事が多い。特に、被害者集団は、社会的抑圧が加えられていたり、構造的暴力に曝されている等、社会的弱者たる立場にあり、これが運動の主体となるためには、様々の協力者が不可欠であるとも言える。それが例えば、強力なイデオロギーを育成するために必要な反骨的エリートであったり、あるいは必要な助勢を行なう介護者、デモを行なったり、ビラを配ったりするために動員される共感者である。一般に、彼、彼女たちの多くは、該当の運動に携わるに際し、何らかの利害関係者と了承して運動に自ら進んで、主体者として参加する。この者たちを「第三者」と呼ぼう。
この第三者は、その社会運動に対する関わり方によって、大きく二つに分類することができる。ひとつは、被害者に対して好意的に接し、その一連の行動を補助したり促進したりする第三者(疑似主体者としての関わり方)である。この者たちの活動は、実はボランティアという言葉によっても掌握できる。
そしてもう一つが、この当事者同士の対立や、その協力者とが創り上げている状態を「運動」として捉える人々としての第三者(観察者としての関わり方)である。この者は一般に知識人と言われるものであり、単なる当事者間の争いごとを、社会問題という枠組みに格上げする作業を担う。
ところで、現実的な意味での社会運動は、これら第三者が存在しなくとも成り立つはずである。歴史的に見ても(例えば世界各地の一揆など)、直接的被害者は、「賛同者」や「評価者」なしで、実質的に運動を担い、活動することができる。逆に言えば、当事者間に横たわる特定の問題に対して、深く共鳴している、あるいは評価を下すという第三者は、直接に被害を被った対象ではないという決定的な理由ために、直接的被害者集団の周りに、どこまでも補助的に位置せざるをえない。同情を主因として協力を惜しまない第三者、観察者としての第三者、これらはいづれも、中心となって活動することはできなず、その運動を陰でサポートする補助者に甘んじるしかない。考えてみるがいい。虐げられている当人が全く関わっていない所で行われる救済運動の独善性を。被差別者が全く関わっていない集団によって行われる差別是正闘争の偽善性を。慈愛と一時的な感傷によって行われる行動の愚かさを。もしそのような行動を起こすとすれば、かの者の行動は、運動でも何でもない。そのようなものは、実を結ぶかどうかは別として、暇に任せた少しだけ規模の大きいお節介にしか過ぎないのである。
それでは、第三者(我々の大多数)は、直接的被害者に関心を大きく寄せて「大きなお世話」をするか、全く関心を払わずに「無関心に従う」か、あるいは、当事者でないが故に、同情と慈愛に満ちた補助的活動に甘んずるしかないのだろうか。
そうではない。今までの話は「これまでの運動観」、特に、これまで行われてきた社会運動と言われるものの構造について、であった。我々は「第三者」であるが故に、他人事を他人事だと思うのは、当然のことである。もちろん、このような構造での社会運動が、一気に大衆運動と化して、変革のための共通の土台となりえたことも過去にはあった。しかし、現在、我々はそのような時代背景を持ち合わせていない。また、この時代背景を我々が変更すること、つまり、変革の状況を造りだすことはまさに至難の業である。
我々が現在、かの時代のような社会問題に関する共感の時代にないという原因を思うに、たとえば次のようなことが考えられるだろう。
まず、我々が満ち足りているからなのである。従って我々は、社会的問題群のなかで現実に、悩み、苦しみ、涙にくれる人々に対しても、それを自分とは関係のない、あたかも仮想の映画を見るかのごとく受け止め、その場限りの同情と声援を送るに止まってしまうのである。というのも、かの問題群の解決に積極的に関わることにより、現在の自分の生活に反作用が及ぶことを危惧するからである。しかし、このような態度は、自己犠牲を厭わないメシア的性格者でないかぎり、当然の行動であろうし、これに対する非難はできないだろう。
また、前述の理由からから派生することでもあるが、我々に、連帯のための共通の土台がないことである。従って、社会悪に対する義憤に満ちた人、社会問題群に対して深く興味を持つ人は、個人の持つ力の微小さを最終的な理由として、かの社会的矛盾を前にしてあきらめの態度に到るのである。しかし、自分一人が頑張っても仕方がないという態度、これも、倫理的評価や希望的観測を除けば、実際、理にかなった言い分である。そうしてこのような態度も、強烈な個性を動力源として、好きでやっている者でない限り、当然の行動であろうし、これに対する非難はできないだろう。
それでは我々は、いきあたりばったりのお節介みたいな活動しかできないのか、といえば、そうではない。それは、以上の文脈における「これまでの運動観」が、運動の一側面のみを強調して使用されているからである。
思うに運動には、三つの側面があるといえる。一つは平等化運動(過去言及的)、つまり排除・逸脱の現状を他の多数人、あるいは特権階級者の状況のそれへと一元化させることを求める側面であり、二つ目が現状維持運動(現状言及的)、つまり排除・逸脱させられる状況(特に将来の)に抗して、現状を維持しようとする側面であり、そして三つ目が自由要請運動(未来言及的)、つまり現在のところ排除・逸脱させられている立場を将来に渡って公然と認めさせようとする側面である。
不平等や差別の是正運動に典型なように、およそ「これまでの運動」は、特に第一の側面を全面に出してイメージされてきた。つまり、これまでの抑圧された状況を変えることに主眼がおかれたのである。そして現代的に変質しながらその行き着いたところは、ボランティアであった。
しかし、自然保護運動や消費者運動のように、第二の側面を強く押し出しての運動が近年目だってきた(もちろん歴史的にもラダイト運動がある)。この側面を押し出しての運動の特徴は、ひと言で言えば、経済活動をより活性化する方向への反対姿勢を主コンセプトとする点である。従ってこの運動は、経済的に相対的に豊かな国々、あるいはその国民において担われている運動である。これに関しては、別に機会を設けて、その功と罪をまとめたい。
さて、運動はこれだけではない。たとえば芸術運動や学術運動に明らかなように、運動には第三の側面を全面に押し出して形成され、そして維持されているものが存在する。
我々が使用するところの「運動」概念は、この第三の側面を重視するものである。従って我々の言うところの運動は、滅私奉公の精神で治療や解決に努力したり、現状の維持に特に関心を払うわけはない。しかし、他の二側面と切り離すことはできないし、それらの有用性からいっても、むしろ関連付けが語られなければならないだろう。
「これまでの運動」との関係で言えば、我々は、自分の興味とするところの社会問題に、関わりたい範囲で行うというのもいいだろう。我々が、一つの運動として形成されているかぎり、それは、必ずや、その特定個別な社会問題を解決すべく集った社会運動集団の外に立った視点という、貴重なものを提供することになるだろう。仮にそのような直接的関わりを抜きにしても、我々が、旧社会運動団体と区別をなし、それらの評価を怠らないかぎり、我々の存在は、媒介運動(インタームーブメント)として、諸社会運動団体にとって有益な新しき媒体を提供することになるのである。
即ち、現在、実に様々な社会運動団体が存在する一方で、実に無関心な、あるいは無行動の人々が存在するが、我々の活動は、この非運動者対して、社会運動に対するソフトな誘いを行う可能性を有する。というのも第三部にあげるような、学術拡散倶楽部の具体的な活動は、非運動者に、社会問題に関する知識や興味関心を供するだろうからである。
その三 新たなる社会運動
それだけに留まらない。媒介運動により我々は、諸社会問題の解決に関して有用な、新たな立場を獲得できる。それは、運動団体のサークル化を防ぐことである。つまり、直接的契機によって生じている「これまでの運動」を、第三者的に批判評価することにより、かの運動にサークル的なものを自覚させ、ひいては当事者を主軸とした第1次的運動の群れを、区別化したり関連付けしたりすることで、新たな状況に適応させ、進化・発展させていくことである。例えば、沖縄と北海道のフェミニズム団体の交流会、反原発団体とイルカ愛護会の共闘など、これらは直接的被害者ではない第三者が主体となってできる作業であり、それはもちろん、我々が「これまでの社会運動」にとっても新しい形態となりうることを意味する。
但し、想像がつくとおり、この運動によっては、特定の問題を、直截に解決することは不可能だともいえる。しかし、我々は様々に起こりつづける社会問題のそれぞれを、あるいは趣向に任せた選択によって選んだ幾つかの問題を、限定的に解決する任務なんぞ、そもそも負う必要がないではない。これまでの運動観からすれば我々が行うのは、既成の社会運動という直接的で一時的な治療行為ではなく、間接的ではあれど、将来的で総合的な社会運動を維持・予防する運動なのである。
さて、ここで疑問が湧く。これまでの運動とは、何らかの特定した社会問題に対して形成されていくものであった。しかし我々は、特定の問題意識を共有していない。我々は、果たして上述のようなメタレベルの抽象的な運動を形成し、維持し得るだろうか。
これに肯定の答えを下すためには、我々は、まさしくこの時代を反映した新しき形態の運動論を展開するしかないのだということに気がつくしかない。それは「特定の固定的問題に対する意識」を土台を共有するのではなく、「アナーキーな精神」を各自の動力源とし、「解決へ向けて一つに結束する」のではなく、「創造へ向けて複数で連帯する」ことによって行われる運動なのである。つまり、現状に満足するを潔しとせず、創造的、生産的手段にせよ、破壊的、消費的手段にせよ、現在を造りだしている諸対象を乗り越えようとする意志に基づき合い、活動の形態は異なれど、それらによって新たなる影響力を及ぼそうとする運動である。そういう我々にとっては、これまでの運動の構成要素でもあった加害者、敵対するものという対象を、共有することは出来ないかもしれない。そして、それは、運動としては非常に脆弱な結合力しか生み出しえないかもしれない。
しかしこうもいえるだろう。我々は、現状を鑑みるに、この個々の反感を直接向けるべき対象を持たない。というのも、その対象である権力は、余りにも複雑すぎるからだ。とすれば我々にとっては、この仮装敵をうまく表現することさえ困難であろうし、ましてや実力でもって覆すことは、もとより不可能でる。我々のこの時代においては、一元的な解釈と実力によっては、決して効を成し得ない。しかし、それを可能にする方途も考えられよう。
あえて言えば、それは、可視的な政治的諸権力、不可視の権力関係群に対して、各個に弛まなき闘争を挑み、そして重要なことは相互に扶助と連帯をなし、決して分散せず、異種闘争間の結束を育成し続ける運動を展開することである。そしてこの闘争法は、まさしく、我々が採る結束方法に最適のものである。
我々が社会運動集団を名乗るには、違和感を持つ者もいるかもしれない。しかし、それは、このような抽象的な運動形態自体が、新たなものであるからに他ならない。
当然のことながら、歴史に名高いあらゆる政治的運動はもちろんのこと、学術的運動、市民運動、そういった活動は、最初から「歴史的」ではなかったはずである。凡そそれらの活動は、特殊な社会的背景を味方としながら、ゼロからスタートして成長していった。果たして我々に、そのような巨大な意味での歴史を築き上げることが出来るかどうかは分からない。しかし、今、我々は、出発点としては同じ位置にあるはずである。というのも我々もちゃんと特殊な時代と社会のなかに生きているからである。
そうして我々の旗印とは、学術運動(アカデミック・ムーブメント)である。
第三部 我々は何をすべきか
はじめに
学術とは、学者の専門的知識や学会で発表される研究成果のことのみをいう謂いではあるまい。学術と呼ばしきものは、そのようなもののほか、学校制度のもとで学習する教養知、受験という手段知、趣味のなかに見いだされる文化知、生活のなかに様々に見られる生活知、あるいは個々人がそれぞれに養ってきた人生観、個々人の個別の感性(直観やセンス)など、様々に存在している。しかしながら現状をみると、これら様々な知のうち、社会的なシステムとして、確立しているものは、どういうわけか一部である。
「第三」の学術のシステムを創りあげること、これこそが我々の目的である。ここにいう「第三の」とは、第一のそれと第二のそれとを前提としている。第一の学術とは、文部省主導による半強制的学術システム(つまり各学校教育制度)及び専門家による研究システムである。第二の学術とは、私企業主導による第一学術補完システム(つまり各種予備校など)及び手段的学術システム(つまり、各種専門学校など)である。そして第三の学術とは、それらとは異質な、知的好奇心に動かされる素人と賛同者達が、自由に連合して創り上げる新しい学術のシステムである。
我々のこの行いはムーブメントであり、従って、逆に言えば我々の提示する活動に何ら興味もない人々に強制をしたり、妥協したり、媚びを売ったりする必要はないこと、これはもちろんである。我々は、先程の第三の側面を前面に出して活動するものであるから、我々の活動の内容・趣旨に納得がいったら、自由に、好きな範囲と好きな方法で参加すればよいし、納得行かなくなったならば、その時は単純に参加を見合わせるなり、脱会表明をすればいい。我々は、結束でさえ、全くの自由である。
既存団体の数を一つ増やすこと
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我々はこれを否定目的として掲げる。従って我々
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は営利団体にも宗教団体にも、そして政治団体にもならない。我々はどこまでも学術団体であることを目的とし、そこに敢えて境界を設けよう。さらに我々の称するところの学術を、欲張らずに語る必要がある。我々のいうところの学術とは「第三の学術」である。
即ち、「開かれた大学造り」だの「生涯教育構想」だの「寺子屋」的発想だのとは、根本的に異なる。第三学術によれば、我々はいつまでも「生徒」のままであり続けない。我々は、センセイとなったり、あるいは評価・批判者となる必要性さえあるのである。
第一の学術によってもたらされる研究-教育の知でもなく、第二のそれによる目的-手段の知でもない。目指されるべき知は、これら学術の拡散である。「拡散」とは、もちろん単純に有り難がって広めてゆくことでも、頭から否定することでもない。それは、脱専門化という意味での世俗化(多数者共有)、知そのものを楽しむという意味での手段知への反逆、誰かが何処かでこっそり持っている奥義としての知ではない、という意味での、知の日常化である。
生涯教育の推進、社会人大学院生の排出、通信教育制度の充実、資格時代の到来・・・、教養が世代間遺産や資本の一種となる時代的兆候は、高齢化社会の現実化と大学・学習企業の生き残り作戦とを主な背景として、今後ますます強くなってくるだろう。しかしながら、学術の拡散という知の形態は、それでも、どうやら社会的に認知されていない。そしてこの状況は、既存の学術システムが全ての需要に応えてきれているから生じているのではない。ここに、第三学術創造のための運動が、ますます必要になってくるだろう。
その一 在野の知の形態について
第三の学術には、どのような形態が可能であるかを考えると、例えばアマチュア表現者による同人誌製作やパソコンネットを媒介としての会議、情報交換などといった、多数人が場を形成しての口頭表現という古典的な形態を必要としない形態も十分に可能であり、かつ、新しい可能性を持っていることは確かである。が、残念ながら学術拡散倶楽部が実際に行い、その経験則から語るという視点からすれば、あらかじめ限定して語らざるをえない。しかしながらそれは現状の活動範囲からくる限定という意味でにおいて、なのであり、将来的には当然に射程内にあると思われる。
多数人が物理的に集合して作り上げる「知の場」という学術の古典的形態を前提とすれば、既存の制度的学術(例 学校)や手段的学術(例 塾)とは性質を異にする在野の学術の形態とはどのようなものがありうるだろうか。
参考までに第一の学術の典型例である学校の授業や大学の講義を考えてみよう。この学術形態が成立するには、二つの要素が必要であるといえる。
一つは、先生という生業的教授者がいることである。先生という確固とした教授者がいるということ、これは逆にいえば、生徒という確定した教授される者(被教授者)が存在するということでもある。そうしてまた、そのそれぞれが固定された関係で行われていることとは、知識を有する者が知識を有さない者に対する、知識の絶対的付与である。絶対的というのは、先生という存在によって一方的に教えられる存在たる生徒、という上下関係が、決して相対的にではなく制度的に保障され、確立されてなされているいる点においてである。第二学術は、これらの図式を保障しているものが社会的制度ではなく、自由契約であるという点こそ違えど、先生-生徒間の関係は、これと同様か、あるいはそれをより強度にした形態であるといえよう。
この分析を土台として第三学術の形態を構想するのための軸を考えだそう。まず一本目は、教授者と被教授者の関係について、絶対的上下関係とは異なる関係を考えることである。それは、相対的な、つまり「互換的な上下関係」と、「水平関係」とがかんがえられる。次に二本目は、絶対的・権威的知識とは異なる知の媒体を考えることである。これには、職業的教授者が付与する知識とは異なる形態で取り交わされる「知識」と、そして「思索」とが考えられる。この二つの軸、つまり参加者の関係-上下関係/水平関係と扱う知の両側面-知識伝達/思索育成とを整理すれば、第三学術には、少なくとも四つの形態が可能である。
まず一つめは、参加者の水平な関係に基づき、知識や情報の交換を行い合うという「座談」である。「座談」とは、おしゃべり、井戸端会議、下馬評、の類であるが、違う点は、仲間や友人ばかりではない、知らない人を含んで行われるという点、つまり、人間関係を土台として会話を成立させるのではなく、話題・議題を土台として会話を成立させる点にある。この「座談」は、在野の知の基本形であり、他の三つの出発点である。
二つめの形態は、参加者の水平な関係に基づき、思索の育成を図るという「討論」である。「討論」とは、ディスカッション、ディベート、シンポジウム等といわれているもので、即ち特定の議題とその報告に基づいて、形式的な進行にのっとり、即興の発言を中心として対話を成立させてゆく形態である。座談とは異なり、批判的発言が重要となってくる。
三つめの形態は、相対的な暫定の上下関係に基づいて、知識や情報の伝達を行うという「講座」である。第一学術におけるそれと異なる点は、教授者と被教授者(先生と生徒)の関係が、暫定的なものであり、その立場が当然に入れ替わることがある点である。また、知識や情報の質は、プロのそれよりは一般に劣ると考えられるが、この点は逆に、生徒側は、先生の教授及び教授法に絶対的な信頼をおく必要がなく、制度的な束縛から放れた自由な発言が可能となるともいえるだろう。
そして四つめの形態は、相対的な暫定の上下関係に基づいて、思索の育成を行うという形態であるが、これは、しかし、「討論」的なものと「講座」的なものを併せ持たないと成立しないものである。第四の形態たる「研究」は、「討論」によって養われた批判の精神と「講座」によって養われた知識体系とを発展的に合併して行われる形態である。
これは、第三学術にとっての知の創造を行う場面である。学術の拡散の形態とは、「講座」による知識の消化吸収と「討論」による即興理解と批判精神の育成のみでは足りない。拡散とは、新たな知の創造による既成の知の攪乱をも重要な方法とする。確かに在野で行われるそれの学問的水準は、第一学術で行われる学会のそれを大きく下回ることになるだろう。しかしながら、レベルの開きはあれども、その学術の質は、第一学術の創りだす専門的なそれとは大きく異なり、ここにその意義を見いだすことは可能である。
知識伝達
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思索育成
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水平関係
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座談
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討論
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上下関係
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講座
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研究
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上記の形態に基づき、以下に、当学術拡散倶楽部の現状の活動と過去の活動とを配置してみよう。
1.学術拡散倶楽部では現在のところ、その活動は断続的ながらも、集団で映画を鑑賞し、批評会を行うユニットがあるが、このユニットは「座談」システムに相当するものである。
2.学術拡散倶楽部では現在のところ、京都/神戸/大阪の各地を巡回しながら、月例でディスカッションを行っている(通算23回 十二月現在)が、この討論会が「討論」システムに相当するものである。
3.学術拡散倶楽部には現在、京都(社会哲学研究会)/神戸(古典的パンフレットを読む会)/大阪(現象学入門の会)の各地で月一回行われている勉強会系ユニットが存在するが、これは「講座」システムに相当するものである。また、不定期に行われている旅行報告会もこれであるし、既にその活動を終えたが「哲学入門を読む会」「各種勉強会」「KKK団連」もこれに属するものである。
4.学術拡散倶楽部には現在、不定期ではあるが、大学院生を主たる参加者とする在野の研究会があるが、これは「研究」システムに相当するものである。また、未熟なままに既にその活動を終了した芸術運動ユニット、BEXもこれに相当するものである。
これらの他にも、各種の手製の出版物を発行したり(詩集はっぴーぬりえ、情報の図書館など)、懸賞論文を企画したり、パソコン通信のホームパーティーを利用して「おしゃべり」がなされたりしているが、この形態に関しては、今後の経験の積み重なりと展開を期待しながら後日の考察につなげよう。
(尚、上記4類型が前提とする「口頭表現」を媒介とするのではなく、「文字」を媒介とする知の場の形成に関しては、関西圏の同人誌発行団体が声を掛け合い、「トランスメディア委員会」が発足している。トランスメディアの目指すところは、ミニコミ間の橋渡しを行い、マスコミとは異なる新しい表現の受け皿を創りだすことである。先日 ('95 10) 結成されたばかりで、今のところ立ち上げが可能かどうかはまだ分からないが、現在、発行団体と流通協力店とを拡大している。)
その二 制度化にあたって
あらゆる社会運動にとって、目標とはなんだろうか。何を達成したら、実を結んだといえるのだろうか。それは、社会のなかに新たな一つの制度を創り上げることである。制度の大小は問わない。とにかく自分たちを、自分たちの行為を保障するシステムを創り上げること、これである。この意味で、社会運動とは、革命といわれるものとは相対的に異なり、社会の部分的な修正にとどまることだといえるわけである。
さて、ここでは学術拡散倶楽部の活動のそれぞれが何を達成できるか、即ち、どのような社会的制度を結実できるかを説明する段である。
先程の類型が前提としていたように、我々が先んじて求めるべきものは、場所である。これの運営は、公務によって執り行われるのが望ましいが、可能ならば、営利によって維持されてもかまわないだろう。そこで出てくる事務に関しては、もちろん学術拡散倶楽部に現存の諸事務(人事/会計/対内情宣/対外情宣/総務)が、最低限必要とされてくるだろうが、ここでは内部運営の側面の説明を省こう。
システムを維持させるための、この事務的な活動を除けば、その「知の場」とは、そしてその場で行われるべきことは、およそ以下のような活動である。
まず、各種の講演会、公開講座、文化的催し等の、学術的会場のそばには、参加者がその前後に自由に座談会ができるような場所を作るべきである。これが、「座談」の発展形であり、第一学術・第二学術の開催に伴って、当然のように第三学術も確保されること、これが一般化されれば第三学術における「座談」の達成である。
次に「座談」~「討論」がこの先に求める制度は「フォーラム」である。全国各地で、一般市民のみを参加者として、定期的に開かれる少人数性のフォーラムは、民主政治の大前提でもある。現存の形式的で未熟な民主制は、民衆の日常空間とは異なるところで営まれるている(実際、そういう意味での民主制は、選挙の瞬間だけである)が、これを幾分かでも修正するには、単純な発想ではあるが、出発点としては、民衆の参加という要素を盛り込む必要がある。このためにも討論という民主主義の基本的要素を、民衆のあいだで各地様々に展開するシステムは、不可欠である。そうしてそれこそが、「討論」的知を制度化させた地域的な定期フォーラムである。
次に「座談」~「講座」の先に求める制度は「レクチャー」である。この在野でのレクチャーは、知的好奇心を抱く集団の存在を前提として可能な形態である。つまり、前提となる集団に、次回に講義を行う者が、発表するレジュメの内容や要約を連絡して出席者をつのり、そして暫定的な講座を創りつづけてゆくことによって形成される。この制度の確立は、我々に学問の自由の内の一形態、教える自由を手中にするだろう。学習児童に限らず、成人をも含めた非専門家層にとって、せいぜい与えられたのは、学ぶ自由であった。しかしながらその逆の、教える自由という形態が制度的に定着するならば、それは既存の学問の形態に大きな変質を迫ることになるだろう。
最後に、「研究」は、第一学術におけるプロ集団の世界からすれば、レベル的には見劣りするだろう。しかしながら、いわゆる学会に対して、在野の視点を提示することは十分に可能である。そもそも学会という特殊な閉鎖空間は、敬服すべきものを生み出すと同時に、明らかに非専門家とっては異空間である。そうして、それはこういうふうにも考えられるだろう。特定の異空間に、そこから創られたという意味でのオリジナルな知を生み出せるならば、それは、その道に通じている専門家集団を生み出すのであり、ひいては、研究といわるるに足る学術空間を創りだすのである。
その三 学術の拡散による効果
学術の拡散という運動は、媒介の作用(関係形成)を特質とする学術運動であるが、この運動の成果として生み出される効果については、今のところ希望的観測の域を出ない。さしあたっては以下の三つを提示するに止めよう。
1.学術・文化における高質な観客層の形成。
評価の目を持った観客の不存在、これは第一学術にとって憂うべき状況である。第一学術において創造された知は、感想や批判の目に留まる機会が、あまりにも少ない。これは、それらの知に触れ、これを受容したり、評価したりする知のシステムが存在しないことがその原因である。
第一学術における知の創造者集団にとって重要な作用は、伝達作用と評価作用である。というのも知の創造は、それだけではまだ創造かどうかは分からないからである。つまり、何らかの形で、評価が必要とされるのである。そしてそのためには、それを伝達・宣伝する作用も必要である。
一般にこの流れは、学者や研究者が、ツテや学会や専門雑誌を通じて、再び学者や研究者仲間による評価を待つ場合か、あるいは学者、研究者が、学術系出版社や市民団体の誘いに応えることより、解説本を書いたり講演をしたりするという場合のいづれかに分類される。しかしながらこれらのいずれにせよ、一般大衆層という非専門家は、当然にも評価者から外れていたのである。
第一学術の専門知の全ては、社会的多数者層の視点を全く無視しきった地点に求められるべし、という意見に同意しないならば、第三学術は、かの学術にとって重要な視点を提供する可能性を有する。それはもちろん伝達を担う媒体にも影響を及ぼし、これまでの流れも併せて一新してゆくだろう。
2.既存の社会運動に連関する運動準備集団の成立。
媒介運動に関しては第二部にて既述のとおりである。が、媒介運動は、運動家集団群と市民無関心層との媒介、運動家集団間の媒介を行うに止まらず、運動家予備軍、及び運動そのものの準備を行える可能性を有する。つまり、媒介とは、空間的な媒介のみならず、時間的な、歴史的な意味での媒介作用も併せ持っているのである。
3.知の権力の拡散。
学術知は権力の一種である。少なくとも、権力的作用を補強するものである。
権力の二極構造(相対立する権力が二つ在る状態)は、単純な強弱関係である。ほぼ、いづれかが、他方の従属的・補完的役割を果たす。しかしながら、権力の三極構造は、単純な強弱関係ではない。仮にその力関係がA>B>Cという関係にあっても、最弱のCが一番優位に立つ場合もあるからである。すなわち、権力の抑制手段とは、対抗することではなく、三極以上の存立構造にすることである。
第一学術、及びそれを補完する第二学術が、教育の保障と同時に異能者や異端者の排除を行ったり、在野の知をすりつぶす権力的作用をもっている場合、これに対抗するには、第三の学術を形成することにより均衡ゲームの状況を創りだすことが、一つの方策となり得る。権力奪取や権力打倒などという幻の発想を、我々はこの意味において採らない。
追手書き
本作は、十分にマニュフェスト的な作品であり、従って細部が大雑把になる傾いは避けられない。この手合いの問題に神経質な方には、以下の件に関しては、既に持論があるので、よろしくご指導ください。
†学術拡散倶楽部自体がサークルだという批判について
†サークルから運動へという段階の曖昧さについて
†内と外という相対的なものの基準について
†現状把握から無前提に当為を導く論法について
†現代思想屋のいう運動の無意味性に対して
†諸概念の規定の曖昧さということについて
†現実に何をやっているかという質問に対して
†運動としての展望の可否に関して
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