2014年9月28日日曜日

読書会や学習会


読書会や学習会(第4部門)は、非常に地味ですが、これこそSTUDYUNIONで、延々と複数にわたって継続されてきました。

これらは研究会とは異なり、オリジナルな発表を加えず、知識の吸収を主目的とした活動です。

これまでに開催されてきた読書会は、1994年に始められた<初めてマルクスを読む会:通称はじまる会>(主宰:鮎合さん)を皮切りとして、

丸山真男勉強会
古典的パンフレットを読む会
現在思想を読む会
学楽道場
哲学入門を読む会
マンハイム「イデオロギーとユートピア」を読む会
科学哲学勉強会
講談社「現在思想の冒険者達」を読破する会
岩波「新哲学全集」を読破する会
廣松渉勉強会
読書道場
アドラー勉強会
立ち読み選手権

・・・などなど、数を上げればきりがありません。だいたい10回以内に終わっているのですが、なかには、累計100回ほどに及ぶ、毎月いろんな新書を読んでゆく読書会<知の探検隊>哲学道場という独立団体を生み出したユニット<哲学入門の会>などもあります。

やりかたは、誰かがレジメを切って、少数人数で議論をしながら全員参加で内容を理解してゆく、というシンプルきわまりない活動ですが、この少人数が重要です。
「100人で一回やるより5人で二十回やる方が合理的な学習だ」というのはSUの本旨の一つ。
読書会はとにかく、9人以内での顔が見える範囲、学友形成を心がけました。
(まあ、一桁しか集まらなかったというのもありますが・・・)

で、本を読み終えたら、原則として会も終了。メンバーも解散!ってな感じです。

今後もこの読書会は延々と継続されてゆくことでしょう。
現在(2014年9月時点)、STUDYUNIONには、以下の二つがあります。


1)古典を読む会(18回終了) → http://plaza.rakuten.co.jp/readingclassics/

H24.6.24 第1回 新渡戸稲造「武士道」
H24.7.28 第2回 カウティリア「実利論」
H24.9.22 第3回 「墨子」
H24.10.28 第4回トマス・モア「ユートピア」
H24.11.24 第5回宮本武蔵「五輪の書」
H25.2.2  第6回マルクス=エンゲルス「共産党宣言」
H25.3.30 第7回「孫子」
H25.4.20 第8回 エマニュエル・カント「永遠平和のために」
H25.5.18 第9回河上肇「貧乏物語」
H25.6.23 第10回ポアンカレ「科学と仮説」
H25.7.20 第11回洪自誠「菜根譚」
H25.9.15 第12回レーニン「帝国主義論」
H25.10.27 第13回唯円「歎異抄」
H26.1.26 第14回ニコロ・マキャベリ「君主論」
H26.2.23 第15回イザベラ・バード「朝鮮紀行」
H26.6  第16回福沢諭吉「学問のすすめ」
H26.9.27 第17回ジョージ・オーウェル「1984年」

次回2014年10月の課題図書です


2)知の探検隊<第三期>(11回終了)

次回2014年10月の課題図書です


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読書会ユニットの趣旨説明
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★古典を読む会 主宰:雪本益史さん★

我々は一月に一冊の古典を読んでくるというのを目標としています。
残念ながらコンスタントにというわけにいかず、二ヶ月先になってしまうこともありますが、毎月毎月、選定した古典を飽きもせずに読み続けるというわけです。
 その中で明らかに駄作ではないかというものが混じることもあるかもしれません。推薦者の熱意とは裏腹に参加者全員の評価が低いという場合です。しかし、それは全然いいと思います。むしろ推奨します。

 STUDYUNIONでは、前身の学術拡散倶楽部時代から20年間、伝統的に新書や文庫本を読む活動、「哲学入門を読む会」や「知の探検隊」といった読書会を行ってきました。私も何年間かはそのような活動の主催者を務めています。
 長く読み継がれてきた古典と違い、駄作率は数段高いと思っていいでしょう。にもかかわらず、世間的にはベストセラーになる本も多く、これは作者の名前で売れているのか、キャッチコピーで売れているのか、なぜ売れるのだろう?という議論も起きます。
 私の考えでは、そういう本を読むのは無駄ではありませんし、ある意味で本筋とは関係ない議論も十分に価値があります。つまり駄作を読むことにはそれはそれで価値があるという考えです。

 本が読むのが好きな人間、いわゆる読書家は必ずしも名作ばかり読んでいるばかりありませんし、彼が読書家たる所以はむしろ駄作も含めて多くを読んできたからです。
 子猫が可愛いから好きな人は多いですよね。でもそれだけでは猫好きではありません。老いた猫がよぼよぼになって、歯が抜けて食べ物をうまく食べられなかったり、排泄物を垂れ流したりしても世話をし、最期を看取ることができるのが猫好きで、子猫だけが好きなのは単なる「可愛い物好き」です。

 新書などでもその駄作がなぜ売れるのかを読み解くのは大事なことです。
 ましてや「古典」です。一過性のものではなく、通時的なものと見なされている作品が、なぜこの私自身には響かないということをその作品が成立した時代背景、そして歴史的にどのように受容されてきたのか、推薦者はなぜこの本を読もうと考えたのかなどを考えるのは我々自身を大いに益することでしょう。
 もとより名作であれば、我々は素直に感心しますし、当然ながらそれもそれで楽しみです。

 名作ばかりを読みたい、この年になって今更、駄作で時間を潰したくないというのであれば、そういう活動を我々の「古典を読む会」とは別にしていただければいいと思いますし、それはそれで有意義だと思います。

 ただ、我々の中では、名作だけを読み続ける人よりも、駄作にかかわらず古典として長年読み継がれてきた書物を推薦していただく人の方が評価は高くなるということは言明しておきます。そして推薦者その人が、その駄作について熱く語ってくれるならば諸手をあげて大歓迎します。
 小賢しくあるな、熱いオタクたれ。


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